チャーチル会とは

チャーチル会の成立ち

戦後間もなくの頃、東京・新橋の焼け跡にあった小さな喫茶店に、当時各界で活躍中の多彩な人々が集まり、賑やかに談笑していました。いつしか「絵でも描くか。油絵というヤツを。」という声が起こり、常連の画伯たちも「手ほどきしてやろう。」ということになって、「チャーチル会」と名を決めて、この会が発足したのは昭和24年6月だったとされています。今から70数年前のことでした。
当初、チャーチルの名前は無断借用でしたが、発足から数年後にチャーチルさんへの挨拶も済ませ、会の名称はいわば天下公認となりました。生前のチャーチルが油絵の名人―熱心な日曜画家の大先輩―だったことも、今や世間では知らない人が多くなりました。
東京での発足から約1年後、防府(山口県)に姉妹会第1号が発足。続いて京都、名古屋、博多などの各地で相次いで妹が誕生しました。現在、全国各地に連帯感に結ばれた約40の姉妹会があり、会員総数は600余名です。この歴史ある日曜画家集団のチャーチル会の伝統を継承するために私達は常に努力をしています。 発足当時には、安井曽太郎、梅原龍三郎など多くの巨匠たちがこの会の指導に加わっていました。正に趣味の会には勿体ない顔ぶれの先生たちでした。

チャーチル会の精神

昔も今も、この会は「気楽な日曜画家たちの集まり」です。チャーチル会の精神を仮に文章にすれば、「絵心と遊び心を大切に、闊達洒脱に、お互いに好きな絵筆を中心に様々な楽しみを、共に和やかに上品に味わおう。」といったところになるかと思います。
また、チャーチル会東京では、絵画展の売上げの一部をチャリティとして社会還元することも心掛けています。元気で楽しく絵が描けることへの感謝を込めて「たとえ僅かでも常に社会還元の心を忘れずに。」という姿勢を、我々は永年大切にしています。
先人の作った「会の歌」のひとつに「・・・マチスがなんだ。ピカソがなにさ。素人うまい。玄人ヘタだ。ああ楽しいチャーチル会・・・」という一節があります。集まりの席などで今でも時折歌われることがありますが、「いつも元気一杯、無邪気な日曜画家たち」といったところもこの会の特色の一つと言えましょう。ヘタでもいいから、まずは楽しく元気でなければ良い絵は描けないと、我々は思っているのです。